「自他共榮」
- Yuta Ichikawa

- 10月30日
- 読了時間: 6分

互いに信頼し、助け合うことができれば
自分も、世の中の人も
共に栄えることができる。
柔道の創始者・嘉納治五郎が提唱した理念。
作品の完成までに要した期間は、
最初にお話をいただいてから実に約5ヶ月。
私なりの「自他共榮」に至った物語を
ぜひご覧ください。
腹を割って、互いの想いを知る【一字書 vs. 四字熟語】
私が書作品をつくる上で欠かせないのは「やりとり」。
作品に乗せたい想いをより深く、より鮮やかに想像して墨を磨ることを
何よりも大切にしています。
今回も、まずはそんなやりとりから始まりました。
作品「自他共榮」をご依頼いただいたのは
主に中小企業を対象とした経営コンサルティング会社を営む
岡島さんと児玉さん。

おふたりへの第一印象はとにかく
仕事や、仕事を通じて出会う人への想いが熱い…!
お忙しい中、終業後に時間を取ってくださり
気づけば終電近くまで語り合っていました。
その中でも、特に印象的だったのは
・関わっていただいた方や、お客様のご家族まで、幸せにできるような仕事をしたい!
・これからの挑戦を、社員一丸となって”楽しんで”いきたい!
・迷った時、踏ん張り時に皆にとっての”拠りどころ”となるような作品にしたい!
という、おふたりならではの想い。
しかし同時に、おふたりが心配していたのは、この熱さがもしかしたら
共に働く仲間にとって少し重荷になってしまう時もあるのではないかということ。
考えを明文化し「社の理念」として皆に共有することもできるけど
テキストではなく「書」を拠りどころとすることで
シンプルに、かつ自然に、想いを形にしていくにはどうしたらよいか。
ここから、それぞれにアイデアを出し合い
議論の末に決定したのが今回の「自他共栄」だったのですが・・・
ぶっちゃけてしまうと
この「自他共栄」はおふたりが提案してくれた題字で
当初、私は「一字書」を提案していました。
正方形で、かつ言葉ではなく文字を作品とすることで
観る人によっても様々な解釈が広がる余白が
彼らの言う「楽しむ」想いにつながると思ったからです。
かつ、四字熟語は、見せ方によっては
メッセージ性が強くなりすぎてしまい
仕事を楽しむどころか、少し窮屈な印象にもなりかねない。
言葉として完成されすぎていて、重たい印象になってしまうのではないか。
私はそう思い込んでいました。

「一字書」を提案した際のテキスト。
ここまでイメージを深めた提案があったからこそ
結果的にあの「自他共栄」が生まれたと思っています。
ただ言葉の意味を強調したいのであれば
僕じゃない方が良いかもしれない…
とまで思いながら、その想いも正直に
テキストではなく声にして、彼らにぶつけてみました。
しかし、彼らは譲りませんでした。
どれだけ時間をかけても良いから、
市川の書で表現する「自他共栄」をみたい。
と伝えてくれた。これが本当に嬉しかった。
彼らの声で直接想いを聴いて
身も心も、引き締まった感覚を今も鮮明に思い出します。
ここまで、約3ヶ月。
時にテキスト上では事足らず、オンラインでのミーティングも重ねて
互いの声を聴き、想いを確かめ合い、まさに「心あらわ」なやりとりから生まれた作品が、
この「自他共榮」だったのです。
本音でやりとりしたからこそ、想いが鮮やかに形になる
ここからようやく、作品創作へと取り掛かります。
まずは半紙に、そして実際の大きさの楮紙にと書き進めていきながら
岡島さんと児玉さん、そして僕ならではの「自他共栄」のイメージを深めていきます。
これまでのやりとりや、ふたりとの出会いを思い返していると
自然と、こう書きたい!というエネルギーが溢れてきました。
「自他」
自分たちと相手あるいは他者との”縁”をイメージ、まさに繋がりを強く意識。
大学時代に”たまたま”出会ってから、互いの道でそれぞれ成長し
今こうして書作品をご依頼いただけるつながりへの感謝を込めて。
「共榮」
榮は栄の旧字体。
「炏」部は岡島さんと児玉さんのおふたりをイメージし
これまで聴かせていただいた熱い想いを胸に、更なる成長を求め突き進む。
そんなおふたりないしは会社の健やかな未来を描くように。
「作品全体を通して」
”つながり”と”流れ”を表現する行書体。
かつ、濃墨で力強く書くことで
おふたりが、そして会社全体がさらに進化して進んでいく姿を描きつつ
時折小躍りするような、リズム感を意識して、やわらかな線も織り交ぜる。
まとまりを意識して、均等に配置したり
行を少しずらして、言葉の流れを意識してみたり
パフォーマンスのように、弾けさせてみたり。

同じ文字でも、込める想いや強調したい部分が異なることで
作品の印象がガラッと変わるのが書の面白いところ。
僕自身も楽しみながら、試行錯誤の末に、この作品に決まりました。

でもこれは、作品創作のまだ序盤。
ここから、作品に”仕立てていく”工程があります。
本紙を湿らせ、裏から薄美濃紙で補強する「裏打ち」をすることで
時間を進めていくにつれ、紙の白色と書の墨色が際立ちます。
ドライヤー等で強制的に乾かしてしまうと、作品が傷んでしまうので
あくまで自然乾燥のみ。乾燥には最低でも丸一日。この工程を複数回。
紙や糊の素材のちから、そして、自然と時のちからに全てを委ねて
作品は出来上がっていきます。

左側が裏打ち直後。
右側はある程度乾燥が進んだ状態。
じっくりと「育てる」ような感覚で。
補強をすることで、皺がなくなり
書が「作品」になっていきます。
納品の瞬間・・・生で観る書ならではの臨場感

パネルに貼り込んで、側面も丁寧に仕上げた上で
いよいよおふたりに作品を手渡す瞬間。
これまで、各工程を画像等で共有はしていましたが
やはり生で作品を観た時の反応は格別なものがありました。

「作品から”ライブ感”が伝わってきて
観ているだけでパワーがもらえる…!」
「こんなに丁寧にやりとりしてくれて
それを形にしてもらえる過程が感無量でした!」
と、こちらの想像以上に喜んでくださりました…!
「HPに掲載したり、アイコンとしてお見せすることで
社としての想いも、作品を通してお客様に伝わるかも…!」
と嬉しすぎるアイデアも!
作品をお渡しする日は、ちょうど会社設立4周年記念のタイミングで
5年目に入り、会社として大きな挑戦をするということも伺っていたので
お祝いのお手紙も添えてお渡しさせていただきました。
実は、岡島さんと私は旧知の仲で
出会ったきっかけは、就職活動の選考時。
当時は確か、一言二言話しただけで
密なコミュニケーションはなかったように思います。
私が書家として独立して最初の個展に
彼がふらっと現れてくれたのがものすごく嬉しくて
それからずっと、定期的に互いの成長を語り合ったり
忙しい合間を縫って、個展にも必ず来てくれたり
気づけばほぼ10年来の、心強い仲間です。
そんな彼と、ずっと繋がり続けられたこと。
彼が信頼する仲間を紹介してくださり、作品をご依頼いただいたこと。
そして、ずっと作品を頼みたいと思ってくれていた彼の想い。
そうしたご縁への感謝も込めて綴った手紙でした。
おふたりだけでなく、社員の皆さん、そしてお客様まで
書を通したまさに「やりとり」が生まれることが、
書家としてのやりがいのひとつです。
岡島さん、児玉さん、素敵な機会をありがとうございました!




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